花神の庭~紫雨式部(しぐれしきぶ)

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伊邪那美(いさなみ)が来る前の仕事納めと、書庫で記録を片付けていた。
湿った気配が窓を叩く。雨師(うし)と風伯(ふうはく)を思い返し、口の中がまた苦い。
どんな苦薬をもってしても、今度は無理だ。期待と諦めと卑屈が混ぜ返し、本当に情けないと自嘲に下りる。
『己が胸に問え』と彼らは笑ったが、問おうにも、僕は僕自身を一番知らない。

「己が知らぬものは、ひとに尋ねよ」
出し抜けに声を掛けられ、つい飛び退くと、足袋の下に布の感触。
「これ、踏むでない」
「え!?……あ、失礼」
条件反射で謝ってしまう。書棚の脇に控える、紫の袿を羽織った美女。有名どころなのですぐ判る。紫式部だ。
「尋ねよと言われても……」
扇子が僕の胸を指す。――もぞ。懐から蟷螂(かまきり)が頭を出した。
「見ないと思えば、こんな所に」
鎌に衿を掻き、何か掘り出そうとする。
紫の小粒が床を弾き、僕の胸元に、桐の葉が乾いた音を立てた。
ファンタジー
公開:19/03/17 00:00
更新:19/03/17 00:08
紫式部:聡明・上品 ※紫雨=時雨。通り雨

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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