花神の庭~紫雨式部(しぐれしきぶ)

2
6

伊邪那美(いさなみ)が来る前の仕事納めと、書庫で記録を片付けていた。
湿った気配が窓を叩く。雨師(うし)と風伯(ふうはく)を思い返し、口の中がまた苦い。
どんな苦薬をもってしても、今度は無理だ。期待と諦めと卑屈が混ぜ返し、本当に情けないと自嘲に下りる。
『己が胸に問え』と彼らは笑ったが、問おうにも、僕は僕自身を一番知らない。

「己が知らぬものは、ひとに尋ねよ」
出し抜けに声を掛けられ、つい飛び退くと、足袋の下に布の感触。
「これ、踏むでない」
「え!?……あ、失礼」
条件反射で謝ってしまう。書棚の脇に控える、紫の袿を羽織った美女。有名どころなのですぐ判る。紫式部だ。
「尋ねよと言われても……」
扇子が僕の胸を指す。――もぞ。懐から蟷螂(かまきり)が頭を出した。
「見ないと思えば、こんな所に」
鎌に衿を掻き、何か掘り出そうとする。
紫の小粒が床を弾き、僕の胸元に、桐の葉が乾いた音を立てた。
ファンタジー
公開:19/03/17 00:00
更新:19/03/17 00:08
紫式部:聡明・上品 ※紫雨=時雨。通り雨

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
https://amzn.to/32W8iRO

ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞

いつも本当にありがとうございます!

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容