小さな庭の話

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 アパートの一階の一番奥の部屋にだけ、駐車スペース半分くらいの庭があった。庭の前に三階建ての雑居ビルがあって日当たりは悪く、換気扇や室外機からの音や臭いもひどかった。茶色に変色した芝生に年中覆われた陰気な庭だった。
 そこに四年住んだ。バイトをしながら、作家になる夢を追いかけた。
 結局、思うようにはいかず心が折れ、実家に戻ることになった。夢をきっぱりと諦めるため、引越しの前に、これまで書き溜めていたノートやボツ作品の束を、みんな庭に埋めた。

 地元で就職して五年。出張で、そのアパートの前を通りかかった。雑居ビルの裏の陰鬱だった庭は、実り豊かな家庭菜園に変貌していた。僕は、ようやく救われた気がして、その庭に駆け寄った。
 野菜はみんな、プランターに植えてあった。雑居ビルの換気扇が回り始め、中華屋の油が、髪や背広に染みついた。

 僕はいくつかのプランターを蹴飛ばして、その場を走り去った。
青春
公開:19/03/17 15:12

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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