現状維持

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 転職先の不動産会社の分厚いファイルの中に、見覚えのあるアパートがあった。
「先輩、ここ…」
 と、僕が言いかけると、先輩は
「そこなぁ…」
 と、顔を顰めた。その様子を見て僕は
『七年前、このA101号室に住んでたんですよ』という言葉を呑み込んだ。
「一室だけ、どうしても埋まらねえんだよ」
 僕は嫌な予感がした。
「それって、何号室です?」
「A101」
 ファイルによれば、僕が引っ越した後、部屋はずっと空いている。
「内見で、俺も気分が悪くなるし、客も貧血とか吐いたりとかさ。ま、残りの部屋は埋まってるから、大家も了承。現状維持でOKだな」

 当時、僕は未熟だった。「召喚」ばかりに熱心で「返還」を怠っていた…

「お祓いとか頼みます?」
「バァーカ。この業界でそういう話はタブーなんだよ」
『こっちの業界じゃ常識なんだけどな』
 と思いつつ、僕は「ですよね」と言って、ファイルを閉じた。
ファンタジー
公開:19/03/17 14:24

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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