花神の庭~山茶の歌垣(さざんのうたがき)下

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玄関垣に蕾を結ぶ山茶花(さざんか)と、文机に端座する尼僧。
「僕に用ですか?」
尼僧は反応せず筆を執る。耳が不自由らしい。腰を落として袈裟を摘む。
僕を認めた尼僧は、巻紙に戻り、記した。
「かくかがのみては、いぶきどにます、いぶきどぬしといふかみ」
僕が奏上する祝詞(のりと)の一節。
気吹戸主(いぶきどぬし)。彼の縁故か、得意の変装か。海水をお見舞いした返礼か?
この先は別の傷に障る。差し出された筆で書き散らす。
「ねのくにそこのくにに、いぶきはなちてむ」

憶えある衝撃が、首に隙間風を通す。
尼僧の指が僕の喉を内から奏でる。嗄れた笛が鳴る。
――ざん。
巻紙に椿が転げた。花首は緋縅(ひおどし)の兜に成り、尼僧は兜を抱くと面具に口付けた。割れた面に若武者が覗き、山茶花が満開を迎えた。
恍惚の妖尼が乱れ、薄桃の雪崩が椿首を埋めた。

「……百合」
声が戻り、搾った音は、戻らない女の名だった。
ファンタジー
公開:19/03/14 21:00
山茶花(姫椿):ひたむきさ 永遠の愛(ピンク) ※サロメとヨカナーン 椿首(つばきのおびと)ミックス

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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