一流の長靴

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 私がこの染革工場に入って四十年が経った。最初は巨大な“太鼓”が所狭しとぐるぐる回る隙間から隙間へ、何を運んでいるかもわからず走り回った。なめしの工程を覚えるのに二年かかった。初めて太鼓に薬品を入れておけと指示されて、初めてなめし途中の皮に触れながら、絶対一流になると決意した日を今でも鮮明に思い出す。
 贅沢品のために生き物を殺すなんてと非難される度、いただいた命を活かす仕事だと歯を食い縛った。海外の機械化された工場に値段も質も負けつつあるが、デザインと素材で戦った。
 それでも主人は還暦を迎えて、「長靴を脱ぐ」と社長に告げた。主人は一流だった。共に役目を終える長靴の私は、共に一流だったろうか。

「巻け!負けるな!巻け!」
 船長が叫ぶ。
「え?まけ?まくな?うおおお」
 目一杯しなった釣竿と一緒に海に引きずり込まれそうな主人も叫ぶ。今日は沖でヒラマサ釣りだ。一流への道は、まだまだ長い。
青春
公開:19/03/13 20:04
プチコン3 新生活

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