花神の庭~翠帳合歓(すいちょうごうかん)‐起

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苦い宴を片付けようと、取り上げた缶に飲み残し。
「全部飲めよ、勿体ない」
流して捨てれば良いのに、口が動いた。酔えもしない。意味もない。自分から切って未練たらしい。
「……甘いなぁ」
飲み干して翳す缶。天の川でも出れば、顔の上に四角い影が落ちる。僕には影がなく、鏡にも映らない。だから、自分の今の顔を知らない。昔の顔も名前も、遠過ぎて思い出せない。僕にあるのは、花守り(はなもり)の役目に必要な知識と、『イサナ』という識別記号と、時が停まった器と、いつ尽きるか知れない魂の残滓。

――チィ・・

薄闇に光の斜線が引き、切断された缶が砂利に当たった。酒の香りが半円に放射する。
「たかやまのすえ、ひきやまのすえにのぼりまして」
「たかやまのいぼりひきやまのいほりをかきわけて」
祝詞(のりと)を囀る翡翠(かわせみ)。紫陽花の花神(はなかみ)。
「久しいの、イサナ」
嫣然と笑み、翡翠の翼が羽ばたいた。
ファンタジー
公開:19/03/10 21:00
合歓(ねむ):歓喜・夢想 合歓(ごうかん)は共寝を、 翠帳は婦人の寝室も意味します。

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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