花神の庭～苦雨の竜（にがさめのりゅう）

しとしと草を浸す秋雨に耳を濡らしながら、書庫を整理する。
ここ暫く庭は平穏だ。僕を創った伊邪那美（いさなみ）が、すんなり年を越させてくれるとまでは楽観出来ないが、元来これが正常だ。僕が花守り（はなもり）を継いで三十年余。こうも荒れた年は初めてで、過去にも例がない。

『……この借りは返そうぞ、伊弉諾』
神の時間は人と尺が違う。彼女が報復を果たす前に、別の花神（はなかみ）に消される可能性もある。自分が神の人形と判っても、僕には役目しかない。そう考えて口が苦い。

苦い、雨？
障子を開き縁に立つ。鉛の雲海を泳ぐ青鱗。水竜――雨師（うし／雨神）か。
「はやかわのせにます、せおりつひめといふかみ、おおうなばらにもちいでなむ」
ザッ、雨脚が強まり、横殴りに叩き付ける。
藍に染まった着物や髪、皮膚を破って竜胆（りんどう）が開く。咳き込む口からも苦い花が零れる。激痛に涙が滲む。僕は苦汁の淵で気を失った。