花神の庭~蛍灯道行(ほとびのみちゆき)

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曇天の七夕、蛍を肴に飲んでいた。
裏の井戸は、汲み置けば発酵し酒になる。甘露どころか藤酒にも劣るが、水より気分は出る。
記録を溯る限り、この庭に桜だけ咲かない。根方に井戸を掘られた恨みか、別の原因か。
桜が咲けば――?咲けば、それで僕が花守り(はなもり)を降りられると?庭から出られるとでも?
僕はまだ、僕の役目と僕自身に折り合えずにいる。それが先日はっきりした。

「イサナ」
「来るなと言った」
袋を提げた百合が、蛍を道連れに飛び石を渡る。燐光が浴衣の笹で瞬く。
「似合う?」
「喜ぶ様な齢か」
構わず隣に座った百合が、持参の缶を差し出す。
「一杯交換」
「黄泉戸喫(よもつへぐい)。説明したろう」
「けち。言ってみただけじゃない」
ぐっと呷った百合は、縁に缶を置くなり言った。
「今度お見合いする」
「良かったな。お幸せに」
振り上げた手は、力なく降りた。駆け抜ける草履が、蛍灯に暗道を開けた。
ファンタジー
公開:19/03/10 00:00
更新:19/03/09 23:30
笹:ささやかな幸せ 題は、『伊勢物語』の東下りより

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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