月の砂漠で抱きしめて

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 また、やってしまった。
 月の重力は地球の6分の1。身体が驚くほど軽くて、ついはしゃいでしまう。
「今の、ムーンサルトですか?」
 宇宙空間を漂うわたしを救助に来た飛行士さん。毎度のことに顔色も変えず(太陽光を反射するバイザーのため、顔はよく見えないのだが)、そんなことを聞いてくる。
「いえ、今のは新月面です」
 わたしは月面にあるクリニックで臨月を待っている妊婦。
 無痛出産技術はあるものの、日増しに増えていくお腹の重さだけはどうにもならない。
 妊娠後の腰痛に悩まされていたわたしは、引退後、オリンピックのメダルと共にいただいた賞金を使ってここに来た。
「今度は、命綱を忘れないでくださいね」
 月面では身体ばかりか心まで軽くなってしまう。そんなわたしを繋ぎとめているのはあなた。
 いつの間にか、明日はどんな技を見せつけようかと考えている自分がいる。
 ここの新生活は快適だ。
SF
公開:19/03/07 10:52

ToshijiKawagoe( 北海道 )

・『SFマガジン』 2011年10月号「リーダーズ・ストーリィ」 掲載
・『公募ガイド』第22回小説の虎の穴、佳作
・ 樹立社ショートショートコンテスト2012、5等星
・ 第157回コバルト短編小説新人賞、もう一歩の作品
など、SF、ミステリ、童話、純文学など分野を問わず、ショートショートから短編、長編にとチャレンジしてきました。
 しばらくご無沙汰していましたが、最近復活しました。

ブログ http://rashi.cocolog-nifty.com/
 

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