春の風

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この春、私は念願の車掌デビューを果たした。
乗車初日、白手袋をしてマイクを握ると緊張で少し声が上ずってしまったのはご愛嬌。到着駅ごとに駅近スイーツやお買物情報を織り交ぜたアナウンスは女性客に受けた。男性客には「よ、べっぴんさん!」などとからかわれたりするが、私は列車に乗り込むお客さんの笑顔を見るのが本当に好きなのだ。
「ボク、どこに行くの?」
腰掛けにちょこんと座る男の子に声をかけた。
山間部を走るこの列車は所々無人駅があり、そこから乗る人たちに切符を切るのも車掌の仕事だ。私は行き先を聞きお金をもらうと男の子に切符を渡した。
列車が海岸線に出ると男の子は夢中で海を眺めていた。車窓から見る海が格別なのは鉄子だった私にもよくわかる。
男の子は次の無人駅で降りた。
「またおいで」
「うん」
男の子はかわいい笑顔を残し走り去った。
私は車掌鞄の釣銭に混じった一枚の葉っぱをそっと春の風に返した。
ファンタジー
公開:19/03/06 11:18
更新:20/03/23 22:20

杉野圭志

元・松山帖句です。

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