ハルノコエ

2
4

その旅館は友人が予約を入れていて台帳に名前を書いたら受付でじっと顔を見られたことが気になった。通されたのは立派な造りの内階段を上がった一番奥から一つ手前の部屋。今どき襖一枚で隔てられているだけの古風さと開けた時に敷かれた二組の布団がやや重なるように並べられていてそれは新婚用らしく仲居が笑いながら離してくれたのにホッとした。正月明けで一年で最も寒い季節は観光客も少ない。夕食までの時間少し散策でもと廊下に出ると奥の部屋の襖が僅かに開いていた。友人はまだ出て来ていなかったので何となく興味が沸いてどんな様子かと覗き込むと、中は暗く雨戸も閉められた部屋の真ん中に朱塗りの盆とその上に一輪の枝と杯が添えてあり細い枝に不釣り合いなまでの大きさの何かの実がついていたのを確かめられず友の声で反射的に襖を閉じてしまった。その時中から誰かが自分を呼んだ気がして珍しい名前だから間違いはない事が今も妙に薄気味が悪い。
ホラー
公開:19/03/04 23:34

たかはし

プチコン花の15編のひとつに
選んで頂きました。
 

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容