形身雛(かたみびな)

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夫が出て行ったのは、節分の朝でした。
私は黙々と、雛人形を飾っておりました。唯一と呼べる嫁入り道具で、娘が出来たら譲ってやるつもりが、十二支が回っても授からず、互いに積もり積もったものを、雪の様に融かす事は叶わなかったのでしょう。
判を付いた紙切れと、古びた旅行鞄だけ連れ、玄関で靴の爪先を叩く癖が三回。引き戸が軽く躊躇って開き、閉じたところで振り子が四つ打ちました。

今夜は人形を仕舞わねばなりません。三日の倣い、随う意味も無いのですけれど。
毛氈から女雛を掬い、二つに結った下げ髪を撫でました。わずかにほつれた艶やかな黒。ふっくら白い面。新床を延べた折も、彼女は棚から見下ろしておりました。お前に似ていると笑い、夫は同じ仕草で、私の髪を夜通し梳きました。

台所へ立ち、鋏で人形の髪を断ちました。
ばさりと屑箱を揺らした束に、白く光る一筋が見え、人形も老いるのだなと、私はなぜか納得したのです。
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公開:19/03/03 03:03
更新:19/03/02 23:22
雛人形×田山花袋『蒲団』

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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