雨の渋谷の映る窓

16
10

 海岸線の道路は、切り立つ崖を縫うように岬を上っては入江へ下る起伏の連続だ。大きな入江には小さな漁港が、小さな入江には小さな小さな砂浜がある。そんな小さな小さな砂浜の前に、行きつけの喫茶店はある。
 そのΩ形の砂浜のカーブはトンネルに挟まれていて、制限時速でも20秒で通り過ぎてしまうほど短い。
 喫茶店の前にある二台分の駐車場のラインは消えそうな上に、砂に埋もれ気味。灯台形の壊れた看板。白いペンキの剥げ落ちた木柵に、ボロボロのシーカヤック一艇と、くたびれたタイヤが二個括り付けてある。
 今日は雨。靄で見通しは悪い。波と雨の音。そして時折、シュゥゥゥいう自動車の通過音が、この入江を閉ざしている。 
 普通のアイスコーヒー、普通のハムサンド。無口なマスター。ザァァァ、シュゥゥゥという音。
 喫茶店の名前は『雨の渋谷の映る窓』
 私が、休みの度に一日かけて通い詰める唯一の理由は、この名前である。
その他
公開:19/03/03 14:56
更新:19/03/03 15:21

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容