星を見送る

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春の夜にケンジは小舟を漕いで沖へ出て、そして帰って来なかった。雲ひとつない夜空に星が満ちて、海にも光が散らばっていた。「今夜、彗星になる」と奴は言った。
海に飛び込む瞬間まで見送るから、一緒に舟に乗せてくれと僕は頼んだ。ケンジは首を横に振った。
「じゃあね」
明日また会えるような軽い言葉で、ケンジは舟を漕ぎだした。声が微かに震えていたのは、風のせいでも僕の聞き間違いでもないと思う。
ケンジの舟の櫂の音が聞こえなくなるまで、姿が闇に消えた後も僕はその場に立って見送った。そのまま足が動かなくなって、僕はずっと夜の海を見つめていた。もしかしたら、気を変えて帰ってきてくれるんじゃないかと願っていたから。
彗星が西の空を通った。
あぁ、あれに乗って旅立つと言っていたなぁ。
明け方、僕の頬には乾いた涙が張り付いていた。
彗星なら、またいつか帰ってくる。また会えるのか。
ファンタジー
公開:19/02/21 21:26
更新:19/02/23 16:42

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