ドレンチェリー

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 「これじゃない気がする」
 ドレンチェリーを食べていた夫が首をひねった。幼稚園に通っていた当時に母が買ってくれたケーキに載っていた赤いゼリーのようなものが無性に食べたくなったと、通販で買ったものだ。
「思い出補正?」
 私は、ついでに購入した『たぬきケーキ』を胴の部分から崩して口に運びながら言ってみた。
「いや。それだと普通はプラスに補正されるもんだろ。逆なんだ。もっと安っぽい味で、ヌチヌチしたゴムみたいな食感だった」
 私はアーモンドの欠片にむせた。
「本当に好きだったの?」
 夫は爪楊枝に刺したドレンチェリーを見たまま答えた。
「母がお迎えに来る時、定期的に、でも頻繁には通らない帰り道の洋菓子店にあった。そのケーキを食べると俺は絶対に吐くんだ。でも毎回、絶対にねだったんだ」
 そう言うと夫はトイレへ駆け込んだ。
 で、戻ってくるとまた「これじゃなかった気がする」と、首をひねっている。
その他
公開:19/05/15 17:09
更新:19/05/15 17:13

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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