辞書ロック・ホームズⅦ

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『辞書で鼻はかめない』
『ティッシュで調べ物は出来ない』

先日、顔馴染みの娘さんと会話していて、懐かしい声を思い出した。
私達の辞書が日の目を見て、三年と少し経った頃。仕事が立て込み、出版社で夜を明かした。
『機能性なら絶対辞書。あの紙に、どれだけ技術が詰まっているか』
『汎用性なら断然ティッシュ。どっちが無くて困ると思う?』
私は辞書の監修を、夫は製紙の研究をしていた。同じ薄葉紙(うすようし)に分類される、性質と用途の異なる紙をめぐり、他愛ない論戦を繰り広げた。
『辞書は先人の叡智と文化の結晶なの』
『ティッシュは無限の可能性の宝庫だ』
いつも傍にいた。彼の紙に私の文字が刻まれる。何十年同じで、この先も何十年変わらないと信じていた。
――その朝が明けるまで。

私には握りの高い、使えない杖を隣に、私は独りホームにいる。
ティッシュの箱と、辞書の厚み。似ていても、同じにはなり得ないのだ。
ミステリー・推理
公開:19/05/13 17:38
薄葉紙/ティッシュ: 非常に薄い紙の総称。

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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