辞書ロック・ホームズⅤ

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いつもの席から僕を認めた先生は、椅子に掛けた杖を脇へ寄せた。
「きな臭い顔ね」
洞察力も凄いが、先生の眼は温かい。だから話したくなる。
「実は……」

事件の概要はこうだ。
昨日行った図書館で、職員と老紳士が押し問答していた。寄贈本が盗難に遭ったらしい。
問題は、本の現物はあるのだ。戦後初期の全集だが、稀覯本ではなく、汚損も見られない。主張の根拠を尋ねても、『図書館員が判らんのか』と激昂する始末。埒が明かなかった。

「多分、検印紙」
先生は淡々と答えた。
昔は出版の際、著者が印鑑を押した紙を、全ての本の奥付に貼った。現在は廃止されたが、古書には多く残っており、愛好家も存在するとか。
「その本が正当な手続きで世に出た証。作者と版元の信頼の絆よ。……赦し難い冒涜だわ」
モナリザの微笑が、スフィンクスの無表情に覆われていた。

後日、図書館の利用履歴と、ネットの出品情報から、犯人が特定された。
ミステリー・推理
公開:19/05/12 18:43

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞

いつも本当にありがとうございます!

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