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 初夏の庭に雨が降る。
 青葉を打つ雨と庭石に弾ける雨。直接地を打つ雨と垣根のあちらの砂利道に砕ける雨。遠くの国道で車に撥ねられる雨とタイヤに巻き込まれる雨。屋根瓦を穿つ雨と庇のトタンに打ち付ける雨。
 それらの全てが異なる音を立て、その音の全てが、雨が雨でなくなる瞬間の音であった。
 もしも自分が雨滴なら、どこに降りたいだろう? と私は考えた。
 そこに雨が降ることを誰も知らないような山奥の沼に降る雨は、一体どんな音で死ぬだろう、と思った。
 雨滴の私が最初に触れる水面は硬く、私はその拒絶の予感に一瞬の絶望と痛みとを感じるが、すぐに沼は私だけの揺りかごとなる。そんな山奥の静かな沼に私は降りたい。そう思った。
 すると私は、今、ひっきりなしに聞こえている無数の雨滴の潰れる音がたまらなくなり、バタバタと家中の雨戸を閉ざすと、雨の止むのを知る術をもたないまま、布団を被って震えているのであった。
その他
公開:19/05/14 14:24

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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