辞書ロック・ホームズⅧ
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初めての夜勤明け、白んできた窓を眺めやると、いつものテラス席に、しゃんと伸びた背中があった。
「先生。もう起きておいでですか」
「この時間は、目が覚めてしまうのよ」
モナリザの微笑は、薄青い光を浴びて寒そうだった。古い杖を摩る手は、乾いて筋張った老女の手だ。
夜が朝に移る時、彼女は部屋に居ない。居られないのだと聞いた。
大きな地震で、勤めていた出版社が倒壊し、御主人を亡くされた時間だから。
「二十何年経つのに、覚めてしまうの。日中も夜も、なるべく中に居たくない。夫が居ない景色を見るのが嫌だから」
熱いお茶を啜り、先生は赤味を増した空へ、眩しそうに手を翳した。
「辞書の紙は薄いでしょう。数センチの厚さに、二千からのページが詰まっている。その紙の束が……あの人の紙が、倒れた棚から、私の命を救ってくれた」
愛してやまないものを抱き締める様に、先生は呼吸した。
眼鏡の金縁が、暁の荘厳に煌めいた。
「先生。もう起きておいでですか」
「この時間は、目が覚めてしまうのよ」
モナリザの微笑は、薄青い光を浴びて寒そうだった。古い杖を摩る手は、乾いて筋張った老女の手だ。
夜が朝に移る時、彼女は部屋に居ない。居られないのだと聞いた。
大きな地震で、勤めていた出版社が倒壊し、御主人を亡くされた時間だから。
「二十何年経つのに、覚めてしまうの。日中も夜も、なるべく中に居たくない。夫が居ない景色を見るのが嫌だから」
熱いお茶を啜り、先生は赤味を増した空へ、眩しそうに手を翳した。
「辞書の紙は薄いでしょう。数センチの厚さに、二千からのページが詰まっている。その紙の束が……あの人の紙が、倒れた棚から、私の命を救ってくれた」
愛してやまないものを抱き締める様に、先生は呼吸した。
眼鏡の金縁が、暁の荘厳に煌めいた。
ミステリー・推理
公開:19/05/13 22:09
創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。
【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞
いつも本当にありがとうございます!
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