恋愛不全症

口説くみたいな事を言って、照れた風に笑うから。
ワインを隣で傾けて、膝が当たる度、メニューに影が重なる度、ちびちび減るグラスが止まるから。
普段より硬い声が、距離が開くと小さく解け、縮まると半拍早くなるから。長い付き合いなのに、名前で呼んだのは最近で、その響きが蕩けそうだったから。
ボトル一本飲みきり、テーブルの下で握った手に触れた。

泳いだ眼が、ばらばらの速度で繰り返し瞬いた。
握った手の、血管が太く盛り上がった。
飛び退きたいのを理性で抑えた姿勢だった。
「出ようか」
一人分隔てた後、立ち上がる足はほっとしていた。

『大好き！ずっと友達ね』
『うん。すごく嬉しい』
お互い名前で呼んで約束した。
出発点のつもりだったのに。

「君が好きだよ」
嘘吐き。詰りたいのを堪えて振り返る。
抱き締めた。抱き返す片腕が震えた。緊張でなく恐怖だった。
０，１距離のキスが、精一杯で限界で終点だった。