ヒネモス禁煙

「ひねもす禁煙。」
あたしが呟くと、ユミが強い語調で
「違うよ、『シュウジツ』禁煙だよ。」
と突っかかった。電車から見える駅の柱の貼り紙に書かれた漢字の読み方のことである。
「ヒネモスって何？」
「花の名前だよ。昔の文章に出てくるの。」
「アオイ、勉強のし過ぎだよ。それに花の名前じゃ『終日禁煙』の『終日』とは意味が違うよ。あれは絶対『シュウジツ』って読むんだよ。」
ユミに言われて、あたしは腑に落ちない思いだった。

次の日、同じ駅のベンチで赤い花が煙草を吸っているのを見かけた。それはあたしのイメージのヒネモスそのものだった。
あたしはその花に近づいて
「『ヒネモス禁煙』って書いてありますよ！」
と注意した。ヒネモスはびっくりしてあたしを見上げ、しかしすごすごと去っていった。

「ひねもす」という言葉に文字通り「一日中」という意味しかないことを知ったのは、それからだいぶ後のことだった。