欠点

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最初は耳だった。
食卓に向かい合う妻の、物を噛む音が気に障った。じきに食器の当たる音、洗い物の水流も苦痛になった。医者は神経症と診断し、抗鬱薬をくれたが、やがて妻の発する全てが耐え難い騒音に聞こえ、姿を見れば幻聴に苛まれるに至り、聴覚を遮断する脳外科手術を受けた。
一つ崩れると、ドミノの様に感覚は連鎖し併発し、嗅覚も味覚も潰した。別れてくれと泣いて頼んでも妻は承服せず、自ら障害を負うた夫の介助を担った。視覚。触覚。五感全部除去するのに時間は掛からなかった。皮膚上から、圧点に次いで冷点も温点も痛点も消えた。

区切りの曖昧な朝が来て、夜が過ぎた。
三半規管の傾きで場所や姿勢の変化を感じ、嚥下反応で、匂いも味も無い食事が喉を通過するのを捉え、姿も匂いも熱も判らない妻の、寄り添う気配を汲んだ。

彼女の鼓動が絶えたのを悟った日、最後の感覚が尽きた。
感情を葬った身体は、程なくただの物体になった。
SF
公開:19/04/19 23:04
音嫌悪/恐怖症(ミソフォニア)

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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