旧姓納めと風呂敷

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婚姻届を役所に出した帰り、私は一人、旧姓の田中を納めに実家へと立ち寄った。
旧姓納めは、相手の姓に身も心も納まるという慣わしから、ここらの地域では昔から行われている婚姻行事のひとつだ。
長年連れ添った田中を両親へ返すと、お母さんは寝室へこそっと私を呼び寄せた。
「あんたの田中、持ってお行き。これがあるだけで、いつでも戻れるんだって、なにかと心の支えになるものだから」
お母さんが見せてくれたのは、上質な織物で包まれた、お母さんの佐伯だった。佐伯はとても綺麗なままで、少し触れると、優しい記憶が私へ流れ込んできた。
お母さんは、私が返した田中を丁寧に私の好きな梅柄の風呂敷に包んで、私に持たせてくれた。

旧姓は、今も花嫁箪笥の一番高い引き出しで、そっと鈴木の私を見守ってくれている。
お母さんの佐伯のように、私もまた風呂敷の中の田中に誇れる年月を歩んでいきたいと、春に梅の香が香る度、私は思うのだ。
その他
公開:19/04/20 08:06
更新:19/04/21 00:07
結婚祭り

ゆた

高野ユタというものでもあります。
幻想あたたか系、シュール系を書くのが好きです。

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