歓喜交々

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採光の悪い山陰の庭も、いよいよ桜の散る季節となり、私は億劫な腰を上げ、花弁を掃き集めに掛かりました。
毎年家で花見をしよう。そう言って夫が植えた苗の、初花の開くのを待たず、私達は独りに戻りました。二人で眺める日は訪れませんでした。
古びた鞄を提げ、今も彼は旅空にあるか、他に帰る庭を見付けたかは知らず、私は年々増してゆく花弁を掃き、秋の落葉を掃きました。狭い庭は、手の届かぬ梢が一層の影を張り、季節はただゝほの暗く、緩やかに過ぎました。

石塀の苔に飛沫を描く淡紅に見惚れ、暫し箒を躊躇う間に、勢いを強くした花垂れが、私の髪、肩、背をしとどに濡らします。夫が去って後、下に植えた白椿の、雫を受けて蕊を開く姿はまるで、彼が私を赤らめさせた、歓喜仏の密教画でした。
禁忌に触れた心持ちで、私は手早く箒を使い、縁に上がりました。
翌年花を付けた椿は、白地に上気した様な紅が匂う、絞り咲きに化けておりました。
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公開:19/04/18 17:00
更新:19/04/18 16:26
歓喜仏(ヤブユム) 『形身雛』と、やや地続きです。

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞

いつも本当にありがとうございます!

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