うたたね

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父は流しの人だった。
夜ごと街を歩き、いくつかの店で、いくつかのうたを歌って暮らした。
母は私を育てながら、週に一度は父の隣で歌った。その道はいつかきた道、そんなうたを。
慰問団の歌い手だった祖父は戦地で命を落とした。
祖母は毎日のように祖父の墓で小さなうたを口ずさんでいた。
私は祖母が好きだった。
初恋や、老いらくの恋まで聞かせてくれた祖母なのに、祖父のことはあまり話さなかった。
「ムツオさんとは恋をしてないから話すことはないの」
そしてまた祖母は口ずさむ。
私にはラブソングに聴こえた。
「小夜ちゃんのうたを聴かせて」
と言う祖母に、私は歌ううたが思いつかなくて、うたのかわりに道端の花を摘んで贈った。
喜んでくれると思った祖母は、悲しい顔で私を叱った。
「お花に謝って」
「私にはうたがないもん」
泣きだした私を祖母は抱きしめて、
「素敵なうた」
と言った。
私のうたたねはあの日芽生えた。
公開:19/04/16 11:29
更新:19/04/17 09:41

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