花粉屋(二)

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「預かってくれ」
上り框に座った背広の男は、封をした試験管をずいと押し出した。
「うちは商いでございます」
「なら買ってくれ。言い値で構わん」
「流しても宜しいので?」
男が詰まる。時節柄、何の花粉か推察はつくが、あえて持ち込む理由があるのだろう。
「……無花粉杉だ」
「矛盾しておりますね」
「開発中に取った最後の花粉。万一の為、保険を残す必要がある」
人の都合に左右される命。発展の為に殖やし、次は邪魔にし、子種すら奪う。
「専門機関に委ねられるべきかと」
肩を怒らせた背広。その機関に袖にされたか。
「アレルギーが猛威を振るう今、無花粉杉こそ人類の救世主だ。君も仕事柄、無縁ではなかろう」
「植樹から半世紀。育った杉は順次切られる。もう少々の辛抱です」
皺の寄った顔が歪む。身勝手な夢でも、縋るしかない者もいる。
「標本として、頂戴いたします」
額づく白髪は、幾十年か後の、自分の影にも見えた。
ファンタジー
公開:19/04/07 20:55
※無花粉杉は突然変異で、 元々花粉を出しません。実際は 無花粉杉の雌花に、有花粉の 雄花を掛け合わせて繁殖します。

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞

いつも本当にありがとうございます!

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