引き籠り

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自室に閉じ籠って以来、父とは顔はおろか言葉すら一度も交わしていない。それは母も同じだ。
僕が高校生の頃、父は長年勤めた会社を突然リストラされた。そのショックと、なかなか再就職できない苛立ちから、次第に父は荒んでいった。昼間から酒に浸り、母との諍いも増えていった。
僕が小さい頃は、父に叱られると、よく外の物置に閉じ込められたものだ。暗くて心細くて、泣きながら「開けて」と叫んでいたのを覚えている。それなのに今は。
変わり果てた父の姿を見るのが嫌だった。もちろん悪いのは父だ。他の誰でもない。
僕は部屋の扉を見ながら思う。それでも、いつかこの扉が向こうから開くかもしれない。物置の扉を開けて優しく微笑んでくれた、あの頃のように。
僕は、扉に伸ばした手を止めた。
目を瞑り小さく息を吐きだす。

「それじゃ、仕事に行ってくるから。父さん」
しかし扉の向こうから、今日も父の声が返ってくることはない。
その他
公開:19/04/07 17:56

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