朝の気分

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 川岸にゆらゆらしている初老の男は、船の準備をしているのだった。私は煙草を吸おうと川原に降りた。生憎、煙草は空だった。初老の男は投網を手繰っている。
「おはようございます」
 私から挨拶をした。だが男は怪訝そうな顔を一瞬こちらに向けただけで、また作業に戻った。
 折角の朝の気分が損なわれた。
 私は船の傍まで歩き、繰り返した。
「おはようございます」
 男は怪訝そうな顔で、「ぁはぁ」と言った。男の胸ポケットに煙草が見えた。
「川下りとか、出来ますか?」
「ぁはぁ」
「途中に滝とか急流とか、ありますか」
「ぁはぁ」
 私は船を押した。船は面白いように揺れた。
「さわるなぁ~」
 投網をバタつかせる男は滑稽だ。
「黙れ」
 私はそう呟いて、船を蹴った。男は船の中に転がり、網に絡まった。
 急峻な谷川を下っていく小船を見送ると、私の朝の気分は回復した。ただ、煙草は勿体無いことをしたと思っていた。
その他
公開:18/12/31 09:48

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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