絡新婦

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瀑布を傍らに筆を執っていた天城は、ダウンに霰の散る振動を感知し、薄墨の空へ意識を浮上させた。落水に混じり注ぐ音が、眼前に吐いた霞を消していく。

愛する浄蓮が逝ったのは、初霜の降りた朝だった。
仰臥の態で身動ぎせぬ躯を見つめて一昼夜明かし、彼女の奏でる姿に触れる日の、二度と来ぬ事を焼き付けてから、天城は浄蓮の骸を荼毘に付した。

黒花が咲く梅皿に筆を置き、紅猪口から小指の先に朱を乗せる。
擂り潰した灰を摘み加え、死化粧を施す。螺旋の五線譜に繊手を上げる、振袖の帯へ緋縮緬の文様を織り、唇に艶を刷いた。渾身で写し取った赤と黒の浄蓮は、在りし日の様に嫣然と美しかった。焔が干上げたはずの涙が、一条下った。

氷柱で飾られた滝壺に、墨絵と道具を投じる。悲恋の伝説に肖り、ここへ葬ると決めた。紙に叩き付ける飛沫が、浄蓮の楽譜と嫋やかな八つの手を粉々に砕く様を横目に、天城は雪白のダウンと腰丈の髪を翻した。
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公開:18/12/31 19:00
絡新婦(ジョロウグモ)の五線巣 ×浄蓮の滝伝説× 虫愛づる姫君

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

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