それは一筋の

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 母の涙。それは記憶を遡り、わたしが最初に残っている思い出だった。小さな窓の外に目を向け、一筋、静かに頬を伝っていった。
 母の視線を辿れば、おじいちゃんとおばあちゃんが駅のホームから手を振っていた。
 新幹線がホームへと滑り込み、だんだんと近づいてくる二人の顔は母の面影を宿し、心配そうに表情を曇らせている。
『もうね、こわい人はいないの』
 昨日、ぎゅっとわたしを抱きしめた母の声はあんなに晴れやかだったのに――と、母へと視線を戻す。母は外を見つめたまま、親指の腹で頬をぬぐうと、すうっと息を吸った。
「ほら、降りるよ」
 その声はいつもと同じ、穏やかだった。

 あのとき、母は二十五だった。同じ年を迎えたわたしは、今、純白のドレスに身を包んでいる。これから歩くヴァージンロードには、母が手を差し出して待っている。
 その目元から光ってこぼれたのは、一筋の涙。
その他
公開:18/12/25 22:34

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