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 ビルを出て外套に袖を通すと、両袖が窮屈で背中が生暖かく、耳元に荒い息遣いが聞こえた。ガラスを見ると、知らない男と二人羽織になっていた。
「なんなんですか」
「不可抗力です」
 平日のオフィス街で、私は人目を憚りながら、短距離走や暗黒舞踏的動きなど、外套を脱ぐ為のあらゆる努力をした。その結果、二人の男が、汗だくでゼイゼイしただけだった。私は、短期決着を諦め、当然という顔で街路を歩いた。
「せめて静かにしててくれよ」
 牛丼屋で並盛を頼む。真横で「卵!」という声がして、卵のせ並盛がくる。奴が七、私が三の割合で丼をかっこむ。私の胸ポケットから財布を出すのも、クーポンを受け取ったのも奴だ。
 その後、打合せで名刺を出すのも、商談をまとめたのも、上司に褒められたのも奴だった。
 ようやく帰宅。鍵を開けるのも、荷物を受け取るのも奴だ。
 そして今、私はシャワーの音を、クローゼットの中で聞いている。
ホラー
公開:18/12/20 15:20

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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