恥じらい

　六ノ合６２Kmの標識が見えた。そんな地名は、坪崎が念入りに作った旅程のどこにも記されてはいない。
　とっくに沢之原へ到着しているはずだった。偶然見つけた古道入口に、近道になるはずだという憶測だけで踏み込んでから、三時間が経っていた。
　靄が石畳に下りてくる。ゴウゴウと滝音が響く。坪崎は靴の先が闇に溶けていくのを見ながら、今頃は温泉に浸かっていたはずだと思った。
　背筋がゾクゾクした。それは、気温の低下のためだと思いたかった。
　そこへ、爆音と共にオフロードバイクが追いついてきた。あれは滝の音ではなかったのだ。坪崎は、ニヤニヤしながら立ち止まった。
「坪崎さんですよね」
　男の声は若かった。坪崎は胸を張って、「そうだ」と答えた。
　これから自分は、この少年にしがみついて、宿まで運ばれる…
　坪崎は遭難の失敗を恥じ、運命を受け入れようとした覚悟を恥じた。少年の腰は驚くほど細かったのである。