最後の電伝師最後の興行

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 「電伝師」は全国を回る旅芸人だ。簡単にいえば、電線の上のサーカス。一座が、電線を一列に移動する時のジンタの響きを、記憶にとどめている方もあるかもしれない。
 近年の「電線埋設工事」により、町の空に電線がなくなると、彼らは町へ入ることが出来なくなり、廃業を余儀なくされた。そして、綱渡りを得意とする彼が残った。

最後の電伝師最後の興行

 彼は町外れの変電所の、一番高い鉄塔をスルスルと上った。観客はいない。
 吹雪の中、両手を広げて電線を歩く。
 中央アルプスの谷を渡る電線の急勾配の上りを、一歩一歩踏みしめていく。彼に触れた雪は即座に蒸発し、濛々たる水蒸気となって青白く彼を包んだ。登山家や、鉄塔管理人などの証言から、彼は、五日目の夜には、ダム付近にいたらしい。
 それ以来、彼は消えた。
 ただ、その夜、水力発電ダムの水が沸騰したことを示すデータが、計器不良記録として残されているという噂だ。
ファンタジー
公開:18/12/12 15:19

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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