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女の額に汗が滲む。男はハンカチーフを取り出し、そっと拭ってやる。
「蜩が幾重にも響いていて、それはまるで森の木々を覆った一葉一葉が顫動しているかのような錯覚を起こさせていました。小さなせせらぎに、その日最後の黄金の一束が届くと、水面で数千にも弾ける光までもが、蜩を奏でているかのようでした。夏に終わりがあることに、私はそのとき初めて気づいたような気がします」
男はカラーを緩めた。
「そして、秋が来た」
「いいえ。いいえ」
女は激しくかぶりを振る。髪がほつれる。
「地面には幾億もの蜩の亡骸が乾いていました。草履の下で、カサリカサリと、蜩の亡骸は粉々になって、斜めに吹く風に浚われていくのを、私ははっきりと目撃しました」
「そして、秋が来た」
女は激しくかぶりを振った。汗で湿った髪が女の顔を横切る。
男は髪をつまみ、そっと耳にかけてやる。女の耳穴から、蜩の音が漏れ聞こえている。
「蜩が幾重にも響いていて、それはまるで森の木々を覆った一葉一葉が顫動しているかのような錯覚を起こさせていました。小さなせせらぎに、その日最後の黄金の一束が届くと、水面で数千にも弾ける光までもが、蜩を奏でているかのようでした。夏に終わりがあることに、私はそのとき初めて気づいたような気がします」
男はカラーを緩めた。
「そして、秋が来た」
「いいえ。いいえ」
女は激しくかぶりを振る。髪がほつれる。
「地面には幾億もの蜩の亡骸が乾いていました。草履の下で、カサリカサリと、蜩の亡骸は粉々になって、斜めに吹く風に浚われていくのを、私ははっきりと目撃しました」
「そして、秋が来た」
女は激しくかぶりを振った。汗で湿った髪が女の顔を横切る。
男は髪をつまみ、そっと耳にかけてやる。女の耳穴から、蜩の音が漏れ聞こえている。
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公開:18/12/07 08:45
星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。
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