贋詩人 ―鮟鱇鍋

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[しいたけ えのき 春菊 焼豆腐 贋楓]
 真っ暗な玄関に落ちていたメモだ。
贋楓? 私は靴を脱ぎながら今朝のことを思い出してみる。

 窓外の楓は、茶色く縮れていた。新聞の訃報欄が大きく切り取られていたので、「誰か亡くなったのか?」と尋ねると、妻は「違うの。裏のお料理の記事をね」と言った。私はそのまま仕事に出かけたのだった。

 電気を点けると、食卓に「贋遺書」と書かれた封筒があった。
「贋本心に従って贋人生をやり直します」と書かれていた。
 私は、同じ敷地にある兄の家に新聞を見せてもらいにいった。「千鶴子さんは元気か?」と兄に聞かれ、私は「まあね」と答えた。訃報欄には、あいつの死亡記事が出ていた。
「ワタナベノボル 贋詩人 贋喪主は贋妻千鶴子」裏は鮟鱇鍋の作り方だった。

 私はやるせなさに煮えくり返りながら家に戻った。楓は見事に紅葉し、浴室には贋鮟鱇の吊るし切りの準備が整っていた。
ミステリー・推理
公開:18/12/01 09:46
更新:18/12/01 10:06

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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