最期のスイカ

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「この西瓜を網にいれて持たせてくださいな」
 女は八百屋にそう申し付ける。八百屋は、汚い手拭いで脇の汗を拭いながら、ニヤニヤ笑っている。
「お金は払いますから、西瓜を頂戴」
「奥さん、お目が高いねぇ。これほどのもんは、ここにしかねえよ。金はいいからさぁ。なあ。奥さん」
 八百屋が股引をまさぐる。
「ほら。でかいだろ。もうこんなに汁が出てるんだぜ」
 女は袂で顔を覆ってうずくまる。八百屋は女に覆い被さってくる。
「欲しかったんだろ」
 頬に、のたりと汗ばんだ柔らかいものを感じ、女の全身に鳥肌が立った。手の届く先に、八百屋の使い古した包丁と、金を入れるザルが見えた。
 女は包丁を手にし、腕を伸ばしたまま体をぐるりと回す。八百屋は腹の肉をぶるぶると震わせて仰向けになる。転がった西瓜から赤い汁が滴る。
 女は網の中にそれを入れると、歩き始める。膝にごつごつとスイカがぶつかる。汁が女の足指を汚す。
ホラー
公開:18/11/30 13:58
更新:18/11/30 18:57
マダーボール

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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