劇場菩薩
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その劇場の地下にあるトイレには、いつも鍵のかかった個室がある。
それは三十三年に一度だけ開かれるお堂だ。壁には名だたる俳優や演出家の千社札が貼られている。
百年前、このトイレに腰かけたまま亡くなった伝説の演出家は、ここで菩薩になった。
当時を知る者はもういないが、新作舞台の初日に姿を消した彼のことは、才気あふれる作品と共に大きく報道されたという。
震災や戦争を経て、閉鎖されていた地下空間で彼が発見されたのは60年代に入ってからだ。人知れずミイラ化した遺体は、左足を床に下ろし、右足を太ももに組んで頬杖をつく、半跏思惟の美しい姿だった。
この個室で演出に悩んだのか。あるいは終演後の観客の声を聴いていたのだろうか。
彼は私の曽祖父だ。そして私は今日この劇場で初舞台を踏む。
昂ぶる気持ちは菩薩の笑みに包まれて、時を越えた静寂に溶けてゆく。私は心いっぱいに手をあわせる。
開演を告げるブザーを待って。
それは三十三年に一度だけ開かれるお堂だ。壁には名だたる俳優や演出家の千社札が貼られている。
百年前、このトイレに腰かけたまま亡くなった伝説の演出家は、ここで菩薩になった。
当時を知る者はもういないが、新作舞台の初日に姿を消した彼のことは、才気あふれる作品と共に大きく報道されたという。
震災や戦争を経て、閉鎖されていた地下空間で彼が発見されたのは60年代に入ってからだ。人知れずミイラ化した遺体は、左足を床に下ろし、右足を太ももに組んで頬杖をつく、半跏思惟の美しい姿だった。
この個室で演出に悩んだのか。あるいは終演後の観客の声を聴いていたのだろうか。
彼は私の曽祖父だ。そして私は今日この劇場で初舞台を踏む。
昂ぶる気持ちは菩薩の笑みに包まれて、時を越えた静寂に溶けてゆく。私は心いっぱいに手をあわせる。
開演を告げるブザーを待って。
公開:18/11/28 14:47
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