壁猫。外伝②～隅田川に観世音（かんぜおん）

「よぉカンゼ。お稽古かぁ？」
相手しないに限る。鞄を突っ掛けて教室を出た。
「オスメス野郎」「ノー学師」
勝手に囃せ、好きでやってるんじゃない。
神瀬謡（かんぜよう）この名前も大嫌いだ。主役（シテ）じゃなく謡（うたい）だって、それも父親に強制されて迷惑なんだって、説明しても無駄。
観阿弥世阿弥なんかくそ食らえ。

夜の音楽室が俺のシェルター。
家にある楽器は、笛や鼓。クラシックすら許容外で、ピアノは弾けない。歌も、授業で習った触りだけ。だから結局、こんなのしか歌えない。

我もまた、いざ言問わん都鳥、いざ言問わん都鳥
我が思ひ子は東路に、ありやなしやと――

隅田川。子供を亡くして狂った女。重くて暗くて最低。能なんか死ね。俺も、この声も消えちまえ！！

八つ当たりに叩き付けた夜明け、校庭を横切る学生服を見た。
毎度絡んでくる連中の、壁に落書きする奴。
朝っぱらから暇だな。どうでもいいけど。