六月の怪物

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「ジューンブライドになれたのにね」
そんな彼女の言葉を奴は紫陽花の咲く庭で、僕は山梔子の花が飾られたキッチンで聞いた。
雨雲の消えた空で眠り続けていた奴は、それでも彼女の側にいたいと暗い土の中で目を醒ました。
背中に生えた根から雨水を吸い続け青紫の花を咲かせた奴は、やがて酸性の土に溶けて消え去った。
雨音が響く日曜日の午後、甘い匂いに顔を背けた彼女が窓の向こうに見たのは、奴でも僕でもなくレインコートを着た他の誰かだった。
僕はパンを噛りそんな彼女の横顔を見つめながら、奴が眠っていた空の色を思い浮かべていた。
あんなに憐れみ蔑んだ奴と同じように雲が形を変える音を聞きながら眠り、再び甘い匂いの漂うキッチンに戻ると明るい照明の下で幸せそうに朝食をとる彼女がいた。
「ジューンブライドね」
そう言って彼女が手にしたパンの端に生えた小さな黒黴の僕は、ただ静かに噛じられて消え去るのを待っている。
ホラー
公開:19/02/17 10:47
更新:19/04/01 15:38

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