みどりなす黒髪

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 若い男の美容師が、婦人の髪を切り始めて、三日が過ぎていた。
 芽吹き始めた庭の東屋へ案内された美容師は「気に入られれば、一生養ってもらえるかも」と思っていた。婦人は窓辺の椅子に豊かに座って、男を迎えた。
「ちょっと揃えて、滋養を頂戴」
 男は、腰の道具をチラリと見せ、髪を梳いた。真っ直ぐに落ちかかる黒髪は意外に毛量が多く、春日を浴びて馥郁たる香を放った。若草の草原に埋もれて愛撫されているかのような触感に、男は思わず頬擦りをした。視界一杯に、婦人の黒髪が広がった。それからずっと、髪の中にいる。
 髪を切ることが道を開くことだった。途中、やせ細ったの男の屍骸をいくつも見た。体も道具も油に塗れ、ゆっくりと頭皮に沈み込んでいくらしかった。
 髪の間を風が渡る。それはいつも春の匂いがする。
 髪は、断ち切るそばから、伸びてきた。
「俺もこの髪になれるんだな」
 男は、とてつもない幸せを感じていた。
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公開:19/02/06 13:05
更新:19/02/06 15:13

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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