タランテラ

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 銀行印を探してもらって数十分が過ぎた頃、納戸から「あら」という、彼女には珍しい嬌声が響いた。彼女は掌に何かを包み、つんのめるような足取りで戻ってくると、私の枕頭にそれを差し出した。
「これは何ですか?」
「?」
「オルゴールですか? 蓋が開かないんです」
 両切煙草の箱くらいの大きさの金属製で、存外に重い。それは、ずっと忘れていた感触だった。
「からくり細工さ。レプリカだが…」
 私は、彼女に小箱を持たせて説明を始めたが、彼女は既に正気を失いつつあった。身も心も弛緩しきって、尖った頤からは涎が滴り始めている。
 彼女の十指の上で小箱が蠢いていた。
 持つ者の無意識がそれに触発されて奏でる無音のタランテラを感知し、小箱は十指の上を舞い狂う。その動力は人の理性だという。
 彼女は、しどけなくトンビ座りになって小箱を見ている。私は動悸を覚えながら、箱の乱舞の終わるのを固唾を飲んで待っている。
ファンタジー
公開:19/02/02 12:33
更新:19/02/02 13:35

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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