下戸仙人日記

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 名も知らぬ何百種類もの苔たちが、昼だか夜だかの光の粒を、暗い井戸の底までゆっくりリレーする。
 我輩がこの井戸の中の蛙になって久しいが、大海を知らぬ一匹暮らしも案外、そんなのを眺めるだけで退屈しない。
 時には近所の奥さんが井桁に腰掛けて、今日はどうしたこうした誰にともなく話したりする。
 ──皆あなたに幸せになってほしいけど、どうしていいのか分からないのよ。
 そんなことを言う日もあったし、何も言わずにただ泣くだけの晩もあった。奥さんが井戸に涙を零すと、我輩はそれを呑み込んで、虫よりマシか、なんて思ったりする。
 奥さんが百の晩、百粒ずつの涙を零して、我輩が一万粒目の涙を呑み込んだその晩、我輩は伸ばした舌で月を捕まえて、そのまま空まで跳ねた。げこり内側から裏返って一万の結晶を夜空に撒くと、それは煌く星の海になって、またゆっくり、井戸の底に運ばれていった。
ファンタジー
公開:19/02/01 21:35
スクー 近所の奥さんも来る一人暮らし SSG10000作品お祝いSS 下鴨矢二郎

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