「ここでいいので」

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 受付窓内側の椅子に座っていた。
 受付窓は漢字の「日」を三つ並べたようなガラス窓だ。真ん中の日の字の下の口が素通しで、石のカウンターが、こちらむかって滑らかに磨り減っていた。背後では三人のナースが、カルテを移動していた。
 受付の外には、灰色のソファーが彼方まで三列に並んでおり、知っている顔ばかりが、みな目を閉じて座っていた。
 『みんないるな』と思っていると、「ここでいいので」という声がした。
 「ここでいいのです」と応えると、よく知っている男の顔が、受付窓の全体を塞いだ。
 「ここでいいので」と男が言った。
 男は「で」と言う時、舌先でガラス窓を舐めた。唾液が、石のカウンターを流れてきた。
 「ここでいいので」
 もう、男の髭と舌しか見えなくなった。唾液が、とめどなく流れ込んでくる。
 振り向いてみると、三人のナースはおらず、あらかたのカルテは、棚の上の方へ移動を済ませてあった。
その他
公開:19/01/26 18:05
更新:19/01/27 12:28

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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