ヤバい趣味

あいつを見かけたのは、新幹線の車両だった。なんでここに？　俺が出張中だから、チャンスとばかりに出かけたってことか？　さっきデッキで電話していたな。楽し気に笑いやがって、相手は誰だ？　そいつに会いに行くのか？
品川で降りた。俺も後をつける。
あいつが入って行ったのは、ホテルのロビーだった。ホテル……？　嘘だろ……恐れていたことが……まさかあいつが、浮気してるなんて……。
トゥルル～
俺の電話が鳴った。
「あ、パパ？　もう駅着いた？」
嫁からだった。本当の俺の嫁。
「うんさっき着いた」
俺は答える。
後をつけた“あいつ”とは、偶然見かけた赤の他人。こんな風に非日常を勝手に作り、悲劇の登場人物になって遊ぶ。俺だけの密かな趣味だった。
「悪いけど、牛乳買ってきて！　１リットルのやつ」
「うんわかった」
電話を切って、俺はロビーを出た。さあ帰るか、温かい我が家へ。