星の井戸

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 夕方、廃線跡の遊歩道を歩く。途中に煉瓦のトンネルがあって、その真ん中ら辺に、人一人分の窪みがある。いつも「?」と思いながら通過する窪み。でも、今日は違った。
 突如、生暖かい風と、強烈な光の塊が前方から押し寄せてきたのだ。私は咄嗟に窪みへ身を寄せた。轟音とともに、壁面を、無数の煉瓦の影が入り口にむかって一斉に伸び、それが、ぐるりと下を向いて短くなった。ベレー帽が真上に飛んだ。
 そっと顔を出すと、左右にはアーチ状の闇と静寂とがあるだけだった。
「帽子…」
 見上げると、窪みの上が煙突みたいで、私のベレー帽は、3mくらい上に引っかかっていた。冷たい煉瓦に手を突っ張り、出っ張りに足をかけて慎重に上る。手を伸ばすと、上の方の穴から星が見える。
 帽子を掴んでトンネルを出ると、夕暮れだった。

 後日、窪みを見上げると、窪みの上部はトンネルのアーチに自然に合流していて、穴なんて開いていなかった。
ファンタジー
公開:19/01/26 10:16
更新:19/01/26 18:27
宇祖田都子の話

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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