鷗の夜

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 H湖岸を走るT線S駅は、列車と鷗で有名だ。
 夕方に到着し、鷗と戯れているうちに、生臭さや糞の臭いにも慣れ、併設の喫茶Kに移動してからは、窓枠に並ぶ鷗を間近に見て、その眼や嘴や爪の意外に鋭いことに驚いたりした。
 日没。宿まではタクシーに乗った。宿の隣は展望公園だった。
 大浴場から見える遠くの夜景は美しかったが、湖面は暗く、月も雲に隠れていた。そして、窓には鷗が間断なくぶつかってきた。
 入浴後、体の火照りにまかせて公園まで歩いた。兎小屋があったが、金網が引き裂かれていて空っぽだった。
 吹き晒しの展望台で、私はくしゃみをした。すると、風切音と共に夥しい数の閃光が降下して、満月が現れた。照らし出された湖面は白く輝き、轟々という音とともに捲れ上がると、水面に夜景が激しく揺れた。
 鷗だ。全て鷗だった。鷗は宿へ集結し、例えようのない悪臭が、辺りに漂ってきた。
 私は兎小屋で一夜を明かした。
ホラー
公開:19/01/23 12:34
更新:19/01/23 13:02

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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