眼鏡

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「僕ねぇ、眼が悪いんですよ」
書類のミスを訂正してもらっている時、唐突に先生がそう言った。
「はあ」
それ以上相槌の打ちようもない。
「え、えと。何か……?」
「眼が悪いから、文字もね、よく見えなくて、間違いとか、よくわからないんだよ」
何のことはない、単純な変換ミスを繰り返すことへの言い訳だった。それだけ言って、先生は黙々と文章を追い、おれがチェックを付けた部分を訂正している。
「眼鏡、とか掛けないんですか」沈黙に耐えられずおれは言った。「コンタクトとか」
「車に乗る時はね、掛けてるよ。眼鏡」
何故仕事で掛けないのか、までは聞くような間柄でもない。老眼鏡、という言葉も言えるような関係ではない。
「掛ければいいのに」いちいちミスを訂正してもらう必要がなくなるし「見てみたいです、おれ」
次の日から書類のミスがぐっと減り、おれが眼鏡姿の先生を見るより前に、先生は他校へ異動になった。
その他
公開:19/01/24 13:09

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