裸一貫

今日も仕事を終わらせ、行きつけの寿司屋で晩酌をする。
ここの大将、かなりの苦労人だ。
若いころから自分の店を持つことを夢見て、中卒でこの世界に飛び込んだ。
厳しい修行に耐え、自分を追い抜いていく後輩たちの背を見送り、この世界に留まり続けた。
バカにされることがあった、騙されることがあった、最愛の人との別れがあった。
そんな苦労の末、やっと自分の店を持つことが出来た。
そんな話を聞き、俺もまだまだ頑張らなきゃと思い直す。

「大将！いつもの！」

そんな声があちこちから飛んでくる。
大将はシャリを握り、ネタを載せずにそのまま出す。
俺もまた、シャリを味わう。うん。絶妙な握り加減。これこそ職人技だ。
シャリにネタは載せないのかって？
何言っているんだ。ネタはさっき話した大将の苦労話だ。
それに言っただろう。ここの大将は若い時から苦労しているんだ。
だからこそ、この「裸一貫」の寿司が人気なんだ。