柑橘系の男

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 パチン!
 指に痛みが走る。伝票をまとめようとして二重にした輪ゴムが切れた。すぐに替わりの輪ゴムを箱から取り出す。引っ張って捻る。だが、痛みの記憶が生々しすぎるせいで、一連の動作に勢いがつかず、それでかえって、また輪ゴムを切ってしまう。
 輪ゴムは切れる。そして風船は割れる。僕が触れると、使い古しはもちろん、新品であってもすぐ切れる。粗塩をぶちまけ、漬物の汁は垂れ、ポスターは破れ、子供は泣き喚く。販売促進の現場には、輪ゴムや風船が多い。僕はそういった作業に呼び出され、そのたびに指や唇を痛めて、作業を遅らせてしまう。
「柑橘系の果汁って、ゴムを溶かすらしいよ」
 と、彼女が枕元をごそごそさせながら言った。
「じゃ、僕のこの汗の香りを嗅いでみろってんだよ」
 僕は仰向けに寝転がっていて、彼女の気軽さに本気で腹を立てながら、自分で触れるのは怖いゴム製品の取り扱いを、全面的に、彼女に委ねている。
恋愛
公開:19/01/15 14:08
更新:19/05/28 11:42
シリーズ「の男」

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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