1986年の抛物線

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 日浦洋子は三階を外階段で通り過ぎて屋上に上った。僕は外階段へ出る方法を知らなかったが、洋子の足音と、「ほっ!」という小さな掛け声から、ルートを突き止めることができた。
「誰?」
 不機嫌な、熱を孕んだ、苛立ちを隠そうともしない、威圧的な、しかしすでに諦めを感じさせる声だった。
「日浦洋子さんですね。三年、美術部の」
 僕は彼女を知っていた。だが、彼女は僕を知らない。
「何?誰なの?」
「一年の錐島郁夫といいます」
 彼女は半歩ほど後ずさりをしかけ、ぐっと立ち止まった後、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。
「そんなことを聞いてるんじゃないんですけど。何なの、あなた」
 夕陽を背にして、彼女は陰に沈んでいた。青紫から桃色の色調が乱舞する広い空の中央の暗黒は、次第に大きさを増し、ついに郁夫の視界から空を奪った。
 1986年。校舎の屋上と中庭とを結ぶ抛物線上に、僕達は配置されていた。
青春
公開:18/10/13 14:25

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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